荒浜地区に残る震災遺構を訪れる(荒浜小学校・住宅基礎)




太平洋に面する荒浜地区(仙台市若林区)は、かつては松林が繁る風光明媚な海岸でした。東日本大震災から9年、今なお激しい津波の爪痕が残る場所でもあります。

(荒浜小学校屋上からの風景・2020年6月撮影)

この地区には、津波の脅威やかつての暮らしを伝える「震災遺構」として、保存されているものがいくつかあります。仙台市民として一度は直視しておくべき現実だと思い、「震災遺構 仙台市立荒浜小学校」と「震災遺構 仙台市荒浜地区住宅基礎」を訪問してきました。

震災遺構 仙台市立荒浜小学校

この地区の避難場所にもなった荒浜小学校。海岸から約700m、4階建ての鉄筋コンクリート造の校舎は2階まで浸水しました。

この近辺では最も大きく頑丈な建物で、辺りのほとんどが水没する中で300人以上の人々の避難場所となった施設です。屋上からヘリコプターで避難者を救出する様子をニュースで見た人も多いと思います。

2016年に近隣の七郷小学校と統合という形で閉校、2017年に震災遺構として公開されました。保存のための補強を施しつつ、当時の姿を留めています。

1階の教室には、激しい濁流に飲まれた痕跡が残ります。廊下には被災直後の写真が貼られており、津波で流された車が折り重なるように押し込まれる様子など、自然災害の脅威の大きさを再認識させられます。

3階以外の各フロアを見学でき、上層階の教室には荒浜地区の文化や歴史を伝える展示のほか、避難生活の記録が残されています。

震災遺構 仙台市荒浜地区住宅基礎

荒浜小学校から約500m、旧住宅地のいちばん海寄りの区画も震災遺構として保存されています。

海岸線からほど近い場所なので被害はやはり大きく、多くの住宅は基礎部分や頑丈な水回り(風呂場)だけがかろうじて原型を留めていました。

このように基礎が傾いている場所は、2軒の間を津波が流れて侵食された痕跡です。要所要所に丁寧な解説板が付けられていて、ここで起きた出来事を深く読み取れます。

解説板には、かつての荒浜での暮らしに関する住民の証言など、ありのままの言葉も盛り込まれています。その中で個人的に印象深かったのが、変わり果てた姿から家を建てた時の喜びに思いを馳せたという、調査記録に携わった建築士の方のコメント。

ただただ被害の大きさを感じさせるだけではなく、確かにここにあったはずの日々を想像できる、丁寧に保存・記録された遺構でした。

Source:震災遺構 仙台市立荒浜小学校




この記事をシェア!